宝くじの歴史
世界の富くじ(宝くじ)の歴史をたどると、約2,000年も昔、ローマの時代にまでさかのぼります。
しかし、現在のような“近代的富くじ(宝くじ)”となると、時代はぐっと後になり、
約560年前のオランダで、町の建設や要塞構築などの資金調達のため富くじ(宝くじ)を
発行した記録が残されています。
一方、日本の富くじ(宝くじ)の起源は、約380年前の江戸時代初期。
摂津箕面(現在の大阪府)の瀧安寺で、正月の元旦から7日までに参詣した善男善女が、自分の名前を書いた木札を唐びつの中に入れ、
7日の日に寺僧がキリで3回突き、3人の“当選者”を選びだし、福運の“お守り”を授けたのが宝くじの起こりとされています。
瀧安寺の富会(とみえ)は、ただ、富くじ(宝くじ)が当選者にお守りを授けるだけでしたが、
その後は、次第に金銭と結びつき富くじ(宝くじ)として町にはんらんするようになりました
。そのため徳川幕府は、元禄5年(1692年)禁令を出したほどです。しかし幕府は、その後も寺社にだけは、修復費用調達の一方法として、富くじ(宝くじ)の
発売を許したので、これを天下御免の富くじ(宝くじ)“御免富”と呼びました。
特に、“江戸の三富”として有名だったのは、谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、それに湯島天神の御免富でした
。幕府公認の御免富も、その後天保13年(1842年)の「天保の改革」によって禁止されてしまい、明治になってからも、
明治元年(1868年)の「太政官布告」によって、富くじ(宝くじ)はきびしく禁じられました。
天保の禁令以来、103年もの長い間、富くじ(宝くじ)は日本ではは発売されませんでした